◆緊急告知

関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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6-3:ハイエンドなリゾートホテルに改装

 キャロラインの死後50有余年を経て、1873年にこのヴィラは一般の上流階級(貴族や事業家など)向けの、ハイエンドなリゾートホテルに改装され、現在に続いている。施設の名称はヌアヴァヴィラデステからヴィラデステ(Villa d'Este)にかわった。ローマ近郊チボリにある著名なホテルのヴィラデステにあやかり相乗効果を得るためである。
 修道尼院から数えて500余年目、この楽園ともいうべきリゾートで、数奇な事件が起きた。1948年9月15日、ヴィラデステで祝日ディナーが開催されていた。ベレンタニ伯爵の夫人ピア・ベレンタニ(Pia Bellentani)が、夫人の恋人であるカルロサッキ(Carlo Sacchi・富裕なシルク事業者で既婚・二人の子供の父親)を殺害。ブラウニング製半自動銃37口径フェギュラールギュル銃(Fegyverzyar)、9㎜弾が使われた。夫人が精神疾患であったという。
 悲劇の一方で、多くの有名人カップルが、結末はともかく、ヴィラデステで素敵なラブストーリーを生んだ。
・・・Elizabeth Taylor(女優)・Nick Hilton(ヒルトンホテル創始者コニーの長男)、Rita Hayworth(女優)とOrson Welles(映画監督・脚本家)、Clark GableとCarol Lombard(ともに俳優)、Ava Gardner(女優)とFrank Sinatra(歌手)、そしてAristotle Onassis(海運業者)とMaria Callas(オペラ歌手)、そしてWoody Allen(映画監督)とMia Farrow(女優)など・・・。
 米経済誌で例年春の世界長者番付で有名なForbes誌は、2009年6月ヴィラデステを最優秀ホテルに選んだ。ニューヨーク拠点の世界的旅行雑誌で読者480万人というTravel + Leisure 誌は欧州15位、世界で69位のホテルとしてランクした。
 また、例年4月にビンテージ車やコンセプトカーの優雅さを競うコンクール(Concorso d'Eleganza Villa d'Este・1928年~)、9月にミラノの有力なシンクタンクであるヨーロピアン・ハウス・アンブロセッティ(The European House – Ambrosetti)が1975年以来開催する国際経済フォーラム(Ambrosettiフォーラム)がある。
 以上のような経緯を経て現在はハイエンドな宿泊・会議施設として営業している。
6-4:ヴィラデステと離宮シリーズ

 コモ湖に浮かんで見えるヴィラデステ。それはただ浮かんでいるのではなくて、500余年にわたって、貴人により使われ、ときに改修された。もともとの設計者は王室御用だったし、時代によっては利用者自身が王族、ないしそれに近い者だった。こうした利用者がヴィラデステに求めるものは「センスの良い高級感」の塊といっても良い。
 ヴィラデステは美しい存在だ。
 あまりに美しいので真似てみたい、
 だから、描いてみたい。
 こうした現象は、いささか大仰かもしれないが、ミメシス(ギリシャ語mīmēsis)にとよぶ。プラトンやアリストテレス以来の諸説があり、美学美術史の教科書に登場する。あえて「模倣」と訳されたりするから、デッドコピーと誤解されがちだが、むろんまったく違う。ものごとの「本質」の模倣なのだ。
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 ヴィラデステと京都八瀬離宮はどこでつながりがあるのか。ヴィラデステで500余年培われた「センスの良い高級感」を、何らかの形で、京都八瀬離宮のなかで活かしてみようということと推察する。
 むろんそれはマル写し(デッドコピー)ではない。立地も利用者も業態も異なるのだから、ヴィラデステのある部分を抉り出して、八瀬離宮に埋め込んでみても、たいていの場合、ちぐはくになるだけだ。望むべくは、八瀬離宮のどの部分をとっても、また、全体を見渡しても、ヴィラデステ並みの「センスの良い高級感」、いわばフランス語でいうéléganceが存在することが、これが伊藤與朗のねらいであったと思われる。
 ヴィラデステの建物は、イタリアの後期ネッサンス建築の影響を受けた貴族の邸宅+庭園である。庭園は当時の所有者に意向でイギリス風に改造された。この建物をネオクラシックと呼ぶ向きもある。調度品、絹の織物のドレープ、リネンのシーツ、油絵などは500余年の伝統の影響を受けている。
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 ただし、ヴィラデステは1873年からホテル事業になった。そうなると、古典に浸っているだけでは破綻する。どこかに合理性が必要だ。結局、ヴィラデステの空間とその客の動きがみせた「たたずまい」、そこから発見できる「センスの良い高級感」は、ルネッサンス+モダンと解釈できるであろう。19世紀に花咲くパリファッションのéléganceの源流がイタリア・ルネッサンスあるとも考えられる。
 少なくも、伊藤與朗は、修学院離宮をモデルにしなかった。コンセプトは土地になじまなければならないとしたが、なじみすぎてはつまらなくなる、ここでネタが必要だと。
 京都八瀬離宮のなかみを豊かにしたのは、コモ湖畔のこのVillaだったと推察する。

 
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