◆緊急告知

関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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クラブライフのお誘い③

 【タワーを産んだ90年バブル】
 鴨川グランドホテルはハワイをベンチマークにハワイ風を打ち出したといってよい。何もハワイアンで埋め尽くさなくても、もともと吉田屋旅館には開放的な雰囲気があったから可能であった。女中さんはじめスタッフにはさほど抵抗がなかったのであろう。昔の旅館の接客はホテルにも受け継がれた。しかし当時の日本のリゾート市場は皆無に近い。それでも観光もリゾートも一緒くたになって売り上げに貢献した。
 想うに先代政夫氏の40歳から65歳までは、日本経済も大方右上がりであった。ことに40歳台の高度成長期、プラザ合意後の60-65歳のバブル経済期はイケイケの環境だった。先代の海岸進出は大成功だった。その勢いで、山口・西長門にホテルを取得、東京都内やシンガポールやオーストラリア・アメリカにレストランを出店、1988年にはバブル絶頂期に大手ゼネコン鹿島と鴨川グランドタワーを構想(事業規模200億円?)する。       
   
     写真は左・タワー 中・フロア構成 右・最上階のコンシェルジェ
 現社長の健史氏は弱冠30前半。コーネルの成果でコメントしようにも、相手にしてもらえずまったく「カヤの外」だったという。それでタワーは滞りなく1992年に竣工する。後から見るとバブルの絶頂は1990年正月(ゴルフ会員権で同年4月)。都内超高額不動産の取引にも倦怠感が出ていた。それでもホテル旅館はあと4年続く。いわば得意の絶頂期の1990年に株式を公開している。
 しかし90年代後半にかけて資産の値下がりが続く。銀座でさえ半値八掛け5割引き以下になった。タワーを抱えた鴨川グランドホテルの苦悩もここからはじまる。先代は1996年から2000年まで会長を引いて相談役に後退している。メインバンクの千葉銀行から出向した幹部が超安定運転をはじめたであろう。東京や海外に展開したレストラン事業なども縮小撤退していく。 

             
      
    写真:左・タワー最上階ユニットのリビング部分 右・ホテル棟玄関
 預託会員制システム・鴨川リゾートクラブ「ジャイロ」が発足したのは2006年5月のことである。この年に先代が再度相談役に退き、健史氏が代表権のある社長が就任した。ちょうど50歳に少し前のときであった。
 
 
【「台風一過」の静けさ……!】

 現社長の経営がはじまって6年。90年バブルの嵐はほぼおさまって、静かな時期を迎え始めた。ホテルで感じる静けさは、こうした経過によるものであろうと考えた。
 宮崎のシーガイアはこの10倍超の事業規模であった。当時日本のトップバンク第一勧業銀行はなぜ宮崎の辺地に億4ケタをつぎ込んだのかは、リゾートクラブ研究にとって重要な示唆を含むテーマである。およその見当はついているのだが、強引に蓋をかぶせてしまった。いずれ解明しなければならない。
 ともかく鴨川グランドホテルもたいへんだったけれども、それに比べれば小さな台風でよかった。 
⇒④に続く