◆緊急告知

関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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お知らせ

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【@@補遺@@】

【リゾートライフ提案】
このホームページでいうリゾートとは、ただの観光と異なり、①同じところにたびたび訪れる、または、②同じところに1週間程度滞在するという視点を設定している。
たいていの観光客は、観光スポットを計画的に回っていく。観光はツーリズムともいう。ツアーの語源はターン、回る…である。あちらこちら訪れて見聞を広め楽しむ。
一方、リゾートは一か所に滞在する。ステイしながら付近を回ることはあるが、基本はステイである。しかし、いつも住んでいるところと違う場所にステイする。だから、普段とは違う考え方をするかもしれない。ここに面白さを発見できるかもしれない。そうならまさに儲けもの。クラブライフに「付加価値がついた」ことなる。つまり、ヴィラ北軽井沢エルウィングはリゾートホテル・リゾートマンションを超えた、リゾートクラブでもある。
 それがリゾートクラブの施設である以上、クラブライフに付加価値がつきやすいポイントやヒントを、施設のなかに組み込ませておくものだ。筆者の見解に拠れば、まさしくその典型が13階の大浴場にあると考えた。

 思考がクリエイションする。この大浴場にはその余徳がある。環境がいつもと違う思考を促す。空想・想像が芽生える。妄想かもしれない。妄想は、またあらたな妄想を産むであろう…。それは表現の仕方で、画や写真、小説、論文、あるいは事業計画になるであろう。ただ、必ずしも紙という媒体に固定する必要はないので、気楽奔放に思考できる。 

【上信国境】
 現行の群馬と長野の県境は「峰の茶屋」付近であるが、なんでここに境があるのだろうか。今は昔、リゾート開発の場合は、この境で規制の仕方が異なるので、重要な問題になることがある。あずまは吾妻、東、四阿、我妻、吾嬬…と変換できる。ふつう吾妻山といえば福島だが、桐生の吾妻山は400Mしかないので小さくなっている。四阿山は上州と信州にまたがるけれども、上州側の嬬恋村では四阿山とは書かずに、吾妻山と書く。なんでこんなにややこしいことになるのか。350年ごろに実在していたかもしれない景行天皇の頃の例の伝説に端を発するようだ。
 武尊が東征の折り、自分のミスから海神の怒りを買い進軍に支障が出た。このとき、令夫人のおとたちばなひめ(弟橘媛)が殉死し、海神の怒りを治めたため、うまく東征できた。それで京への帰路、上信国境を超えるとき、おもわず「吾嬬ハヤ(≒わが妻よ)」と叫んだ。書き手としては令夫人ではなく愛人のほうが万葉の精神に会うような気もするのだが…、ともかく、そのためこの辺りを吾妻と呼ぶ。ただし、この山を「あずまさん」というものの、信濃側では「四阿山」、上野側では「吾妻山」と書かせ、後年、成務天皇が本山鳥居峠を挟んで上州と信濃に吾妻神社を作り、この境と書き方を追認したのだという。むろん、伝説だからどこまで本当かどうかは分からないが、上野と信濃の境は山の尾根ということで昔から決まっていたようだ。ただ豪族や大名の領地がこうした境を超えることは往々にしてあることで、あとから事務的に整理するとき、この境がなにかの方便で活きたりするのである。

【地盤】
 かって眼下に草軽電気鉄道が走っていた。当時の事業家たちはこれが採算に合うと判断したのだ。その根拠はどこにあったのだろうか。浅間山山麓もまた西武の堤と東急の五島の競合地域であった。堤は近江だが、五島は信州・青木村(エルウィング西湯の正面に見える湯の丸を下り真田・上田を経て至る)の生まれで、後に沼田の五島家の養子になる。また、北軽井沢を含む吾妻エリアは小渕恵三の選挙区であり、浅間を越えた軽井沢から上田の一帯は羽田孜の地盤で、現在は、小渕優子と羽田雄一郎(衆議院は孜の元秘書の寺島義幸)がそれぞれ継承する。「地域とは何か」とか「キャリアプラン」を考えるとき、単に妄想では済まない何かが潜んでいよう。
 まさしく、ヴィラ北軽井沢エルウィングの13階の「南湯」「西湯」は、豊かな妄想を引き起こす材料を窓外に揃えている。設計者はそこまで計算に入れたのであろうか。