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関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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島の特産
 島の特産は、①に塩、②に醤油、③そうめん、④に胡麻油、⑤でオリーブ油である。あるというよりはあったという方が正しい。②と③はともに小麦や大豆を原料とするが、これも他国から輸入(移入)しており、島で取れる原料だけに依存してこなかった点で、筆者は高く評価したい。この島に醤油とそうめんが育ったのは、かって、この島が、赤穂や灘と並び、塩の名産地であったから。歴代、塩造りに励んでいるうちに、塩梅を覚えてしまい、塩加減が上手になったのである。その所産で。醤油とそうめん造りをマスターした。しかし、食品は今や世界中で競争である。
 ④と⑤は油脂類である。④の胡麻油は1858(安政5)年、高橋政八が「加登屋」を創業した。原料は「胡麻」「菜種」であろうが、農家が持ってきた材料と製品を交換し、集まった分だけ製品にしたという。
 1石は4合瓶250本相当、1斗缶で10本である。まあ2-30石くらいなら、近郷近在・近国の農家らか集めたかもしれないが、少々、生産量が増えれば輸入、満州・奉天産の胡麻を使っていたようだ。現在、日本のトップメーカーである。中国料理では必須の材料だが、加登屋の高橋はなぜ胡麻油に注目したのだろう。そうめんの製造工程のなかで「油脂」が必要だったという説明はあるが、それだけであろうか?
 ところで、モテモテの⑤オリーブだが、これは①から④の特産品と異なり、たまたま小豆島に根付いたに過ぎない。1872(明治4)年、勧農寮は、東京の駒場野(現東大教養学部付近)や霞ヶ関(現・官庁街)、内藤新宿(新宿御苑付近)に試験場を設置し、日本における欧米等の作物・家畜の栽培・飼育の可能性を追求した。「適性、病害に対する対処法、生産を増大する方法」を研究したのである。、1874-75年には、サクランボ、ブドウ、ビワ、オリーブ、リンゴを試験栽培した。
 オリーブは、現在、スペイン(30.8%)、イタリア(19.5%)、ギリシャ(14.3%)、トルコ(10.7%)で生産する。要は、地中海沿岸諸国の特産物だ。地中海気候と瀬戸内気候は類似するとはいうものの、それだけで小豆島にオリーブが根付いたとは考えがたいが、日清日露の軍用食料(缶詰)や国民の栄養維持から、1908(明治41)年頃、このオリーブの栽培試作を組織的に行なった。農商務省が三重、鹿児島、香川の三県をフィールドに、アメリカ産苗木を輸入し試作した。実を結んだのは、香川、その大半が小豆島だけだった。
 その後、紆余曲折を経て、小豆島の収穫は、1964(昭和39)年にピークを迎え、1985(昭和60))年は34haまで落ち込む。原因は外国産オリーブの輸入である。一目して分かることは、作付けで面積の規模の差(すなわち原価の差異)、それから営農者の高齢化と人員減である。一方、内海町は、農用地276Ha(農地面積436haから急傾斜地等を除外)を有するも、121haが遊休農地、耕作放棄地であった。そこに、平成20(2008)年の100周年を期に、5年間で、2万本、20haの増産を図ったのである。その際、増産の3割程度は、「農地法の特例特区による会社法人が遊休農地での栽培を推進し、遊休農地の解消と加工原材料の安定確保を目指す」としたもので、お題目はいろいろあるようだが、要は、規模拡大による原単位あたり製造原価の低下を狙ったものである。2011(平成23)年末で、栽培面積約120ha・収穫量約120t・売上額は約60億円というから、まずまず成功であったのであろう。
 

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