◆緊急告知

関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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オリビアン・・・なぜここに?
 真っ先に感じたことは、なぜ、ここにこのホテルがあるのか、しかも、あえてリゾートという形容詞を付して存在するのか・・・である。

 むろん私見だが、①採算の取れるはずがないのに(採算取れると判断したのはどこの誰なのか)、②その経緯はどこにあったのであろう(皆目見当がつかない)、③一体、このテニスコートは誰の発案か(無責任極まりない)、④客室を北ないし北西向きにしたアイデアは素晴らしい(よく上司の決裁が下りたネ)、⑤温泉の掘削は立派(反対運動が必ず起きるはずだが、よくぞ地元同意が取れたし、試掘許可した香川県知事も名判断)。⑤いつJHAに加盟したのだろう(多分事業計画策定のときから狙っていたはず)、⑥その他いろいろ・・・。
 正直いうと、宮崎シーガイヤの試泊を想いだしたのだ。しかし、相当複雑な事情があるのだろう・・・、そう思いながら、ホームページを丁寧に検索しても、オリビアンの由来はほとんど記されていない。
 実は、重要な文献が2冊ある。重森孝子監修『この世に生まれて・・・池田宏・喜働の足跡』自費出販、1994年7月。これはAmazonや日本の古本屋(東京都古書籍商業協同組合)で検索してもでてこない。もうひとつが、ダイアモンド社編『島の運輸大臣』同社刊、1972年1月、146頁の新書版である。下世話なことだが、同様に検索すると4,500-7,000円という価格がつている。堀本文次に係る半生記である
 掲記の問題は、この2冊をテキストにして、折を見て触れるとしよう。

 このページでは,
うかがったお話に、書き手の方で多少調べたことを加えてメモとして残しておこう.むろん文責は書き手にある。
 01:オリビアンは池田宏だ。1914年、小豆島郡大部村小部(現土庄町)の生れである。
 02:高松で建設業で成功した池田建設のオーナーによる会心のホテルである。
 03:オリビアンの用地は、1975年オイルショックのころに、小豆島に恩返しの意図から、取得した。地権者が300人くらい。
 04:台風災害で土砂崩れがあり、当敷地内に盛り土してグランドができた。
 05:ことし(2013年)が、堀本文次(≒小豆島の運輸大臣・1903年土庄町生まれ)の国際ホテルの50周年。
 06:堀本は、1919年設立の「小豆島自動車」の従業員から身を起こす。後年、社長となり、小豆島観光に注力した。寒霞渓までの道を実現し、下に「太陽の丘」を作った。その後、銚子渓などバス路線沿いの観光向け用地を買いまくった。
 07:堀本はオリビアンのある「夕陽丘」の命名者で、オリビアンの用地買収も狙ったが手を付けられなかった。それでホテルになった。
 08:85年、オリビアンが高松・須藤建設?により設計施工。 32室? 前の設計者はボクが知っている方だが思い出せない。(ネットだと佐竹永太郎?)
 10:109室の時代からJHA会員になる。いまから3-4年前 2010 脱退。メリットがない。会費高い 30万円。90%BT付。
 (注)109室説と111室説があるが?
 11:スモールラクジュアリーホテル協会会員。

 オリビアンのほかは、二期倶楽部(栃木県那須郡那須町高久乙道下2301)。http://www.nikiclub.jp/ 立派なチラシを送ってくる。
 12: 10:当時の若社長。あちこち見に行っていろんなホテル見学。100-200クラスの。岩淵 東京営業 在パシフィックホテル 2代総支配人。日本JC+パシフィック(岩淵)。バブルの頃、ホテルつくった。
 13:先見の1994年7月、先見の明はあった。当時は和宴会主流。洋式宴会・洋室中心・48㎡。その頃、横文字の名前。いまだリゾートホテルの概念なし。新聞広告でオリビアン。
 14:発端は、2007(平成07)年2月。民事再生法適用。池田建設からあるファンドに、マネジメントはニューアオイを経て、Naquaが担当するようになった。
 15:安芸グランドさんがやっているところが内の(広島からちょっと離れている 旧長銀? 3セク)鈴木商会。ホテルの再生屋。鈴木商店。スキー場も何個かやった
 16:いわば公理のような宿泊事業の鉄則がある。「客が来るのが良いホテル」「客が来ないのは(事情の如何を問わず)ダメ」。事業開始前に、もともと愛郷精神・故郷に錦を飾る論でなんとかなるような事業ではない旨を、議論しなければならない。
 にもかかわらず、「島への恩返し」と勝手に思い込み手を付けてしまった。宮崎のためにと気合入れすぎたシーガイヤ(母体のフェニックスリゾート2001年会社更生法)の佐藤棟良に重なる。
 17:オリビアンのような優良なるも、長く業績不振が続いたホテルは、新たな視点をもつ、たとえば掲記の公理を理解できる者によって、事業計画が組みなおされ、場合によっては事業の縮小・中断・延期、業態の変更などを検討する。
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  画像(上・↑)は現在(Naquaのオペレーション)によるオリビアのステーキコーナー。 


             【参考】

 
(注)1980年代後半から90年代にかけてのの日本ホテル協会

http://www.j-hotel.or.jp/proprietor/history.php