◆緊急告知

関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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【1】変革経て人気の観光都市に

 1 高山はヨーロッパ客に人気
 

 外国から日本を訪れる客をInbound、その逆Outboundである。日本のInboundは621万人(うち観光は472万人)、Outboundは1699万人。その比は1:2.7。10年前の3.3に比べればだいぶ改善されたが、先進国では異様に少ない。トップのフランスは7950万人、以下アメリカ、中国、スペインと続き、5位のイタリアでも4,611万人で日本は39位。香港はもとより韓国よりも少なく台湾並みである。以上は2011年の数字である。

        
 
   
 
*竹馬に興じるヨーロッパ客 「飛騨の里」でのスナップ

 
 2010年は861万人だから11年は激減である。東日本震災や欧州不況の影響が大きかった。11年3月のある日のパリ発東京行きは、理由は不明だが、乗降なしでソウルの仁川空港にいったん降り、それから成田に飛んだのだが、ともかくガラガラだった。01年9月アメリカ同時多発テロ事件のあった頃のフランクフルトの空港も閑散としていた。観光はミズモノで何かあると減る。浮き沈みが激しい一面があるのは否めない。
 その日本のInboundだが、3/4はアジア国籍、ヨーロッパ国籍は9%にすぎない。ところが、高山の2011年外人宿泊客9.5万人に対しヨーロッパ客は15%、前年の10年は18.7万人に対し28%もあった。アジア客も訪れるけれども、高山はヨーロッパ客に人気がある。Inbound優等生である。
 東京に入って京都に寄って、テクニカルなら名古屋の自動車に寄って、関空から帰す定番ルートから見ると、「歴史的町並みを味わえる」とはいえ、高山人気はどこにあるのだろうか。
 

 2 高山の町並みは2回のイノベーションを経た

 高山の町並みを小京風に仕立てようとしたオリジナルは、多分、金森長近のアイデアであろう。
 第一期は、金森が、豊臣秀吉から飛騨高山を拝領した1586(天正16)年から、6代後の頼時がこの地を追われるまで1692(元禄5)年まで、この180年間は武家の街でもあった。
 第二期は、幕府直轄となった1815年から、日本が「大東亜戦争」に負けて、農地解放が起きる1947(昭和22)年までの130年間である。これは近郷の農地を支配し、時の権力の山林経営の参画した大地主兼「豪商」が、町人の街高山を支えた時代である。
 第三期は、農地解放後今に至る時代で、いま60年くらいは続いている。栄華を誇った農地の大地主はいない。山林大地主筆頭の林野特別会計も「貧乏なる大地主」で、往年の徳川・帝室の御用林のようには富を産まない。市民だけで維持できない分を、観光客に依存ということになろうか。
 高山の古き町並みは、少なくも、2回の大きな変革(イノベーション)を乗り越えている。
 

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