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関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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クラブライフのお薦め④

 【旧吉田屋旅館女将を出奔した俳人・真砂女】
 鈴木まさ(真砂女)。1906年-2003年。吉田屋旅館の三女。日本女子商業(現嘉悦大)卒。久保田万太郎門下の女流情熱俳人として知られる。銀座1丁目の小料理屋「卯波」主人。1976年『夕螢』第16回俳人協会賞、 1995年『都鳥』第46回読売文学賞、1999年『紫木蓮』第33回蛇笏賞。著書に『鈴木真砂女句集』角川書店、丹羽文雄の『天衣無縫』、瀬戸内寂聴の『いよよ華やぐ』のモデルになった。

 ・・・このように描けば、大旅館の文学好きのお嬢さんがプロの俳人になって結構なこととなるのだが、この吉田屋の三女はなかなかの利かん気で向こう意気がとよかったようだ。「恋に忠実に生きた人生を俳句を通して表現」というのが当たっている。

                      
 以下、若干の重複はご寛恕を乞い、その経過を記しておこう。
1927年:恋愛結婚で日本橋の靴問屋の次男と所帯を持つも、次男氏は賭博に夢中で疾走。1女(後の文学座演劇部所属の女優本山可久子)をもうけるも離縁。実家に戻る。
1934年:実姉急逝。実姉の良人と再婚。吉田屋女将に就任。
1936年:宿泊客の海軍士官と恋愛。ともに既婚者どおし。出征する彼を長崎に追って出奔するも戦地に行く彼と別れ帰郷。俳人大場白水郎(後述久保田万太郎と府立三中・慶大文同期)主宰「春蘭」の会員になる。
1947年:久保田万太郎の「春燈」に入門。
1957年:離婚し吉田屋を出奔。銀座1丁目に「卯波」開業。カウンターが9席、小部屋2つの小料理屋。保証人は当時売れっ子作家の丹羽文雄。小説家や俳人・出版関係者が贔屓にした。
(この頃、後の吉田屋社長の鈴木政夫は32歳ということになる)
1959年:丹羽文雄の小説「天衣無縫」のモデルに。
(1965年、吉田屋社長鈴木政夫、社長就任2年後、吉田屋旅館を閉鎖売却し、ホテルを新設して株式会社鴨川グランドホテルに商号変更)
1976年:第16回俳人協会賞。
1977年:件の海軍士官死去。「計40年つきあいました。彼が亡くなるその日まで。最後は看取れませんでした」
1995年:第46回読売文学賞
1999年:瀬戸内寂聴の小説「いよよ華やぐ」のモデルに。
2003年:真砂女没。「卯波」は店を移動して、令孫が経営。クラブジャイロの会員は優待があるとか・・・。

 なお、鴨川グランドホテルの地階に「
鈴木真砂女記念館」がある。本記念館にある写真を拝見していると、晩年の雰囲気は、落ち着いた、充実した人生であったと思われる。その記念館の雰囲気である。
 また、先代が、当時繁盛店だった市内の旧吉田屋を売却(今流ならM&A)して、荒野の海岸に新規開業を企図した動機は、この女流情熱俳人の存在と無関係ではなかろうと推察できる。
 したがって現社長には否応なく後始末業務が課せられた。なかなか興味深い一族である。 
⇒⑤に続く