◆緊急告知

関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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クラブライフの誘い②

【宇都宮の殿様の塩原13日間滞在】 

    塩原郷土史研究会(加藤明徹・塩原甘露山妙雲寺住職)の研究に拠れば、宇都宮城主戸田忠温守が1835年(天保6年)101日から13日まで塩原に滞在し、その13日間は、初日入湯、2日神社参拝入浴散策、3日隣村入浴宿泊、4日妙雲寺参拝、5日狩猟、6日静養、7日静養、8日朝湯、9日隣村茸狩、10日休養、11日狩猟、12日休養帰途準備、13日帰途というもので、13日間のうち到着日と出発日を除く11日間で終日外出しなかった日は5日間と推定できる。天保飢饉のさなかの不況の折で景気づけの公共事業という意味もあった塩原温泉入浴であるとしたら、うがち過ぎであろうか。温泉関係者の準備作業やお供の人数、温泉側への支払いについて、史料にもとづき描かれており興味深く、また塩原の歴史に関する広範な研究なので、ご関心の向きは以下のURLをご参照いただきたい。 

  時代下って、大正から昭和の初期の文人墨客なら、静養が執筆活動(これは考える作業と書く作業の混在)に代わる。売れっ子の書き手となると、出版社者が滞在費を負担して、書き手を拘束し期日を設定して圧力をかける。塩原を訪れた文人は執筆目的のみならず取材目的もあったろうから、すべてとはいわないが、不思議なもので場所を変えると急に筆が進んだりする。いまの時代、カフェでそれらしき作業をする姿を見かけると、とくに本人にとってはそれどころではないであろう姿が、他人の私にはほほえましみえる。 

  東京・駿河台に「山の上ホテル」があり、当時はヨーロッパ好みの本館しかなかったのだが、比較的天井の高い部屋に、大きめの机と実用的なスタンドと少々座り心地の良い椅子をあてがってもらう。それだけで滞在が可能になる。このホテルはそれがウリで実績もあったから、そのように指示すれば、ハウスキーパーは心得たもので行き届いたセットを準備していたものだ。 

 【食事の工夫で悩む料理長】
  難しいのは食事である。「山の上ホテル」は特徴のある仏料理(他にてんぷらコーナー)が売りで、価格もそれなりであったが、いかに出版社もちであっても、毎食となると食欲は減退する。ホテルの周囲は明治大学の校舎しかないから、少々坂を下って、駿河台下の裏道あたりに各自好みの店を探すか、あるいは、心得た編集者が連れて行ってくれたりするようだ。 

  自宅の食事はさして変化もないのに文句を言わずに食べるが、たとえ好意的な前提があって、他人が作る食事となるとなかなかもって続きにくく、何か言いたくなる。これは不思議なものである。欧米のタイムシェアの基本がコンドミニアムホテルで、キッチンがついているのはその故であろう。自分で作ったものには文句を言わないからだ。わがままと自己規制をさまよう。期日までに書きあげる目標が自己規制を高める。職業病というかプロ意識というか、リゾートと仕事は妙なところで繋がっている。いまの時代はWEBPCがあるために、遠隔地で処理できる仕事の種類や幅が拡大した。ただしこれは良し悪しで、滞在者の目的や考え方次第でWEBPCの意義がおおきく変わるであろう。倶楽部つどうの会員(名義人)が7日滞在となれば、食事や机やインターネットの接続はある程度わがままが効くかもしれず、ここが会員制ならではの醍醐味である。 に続く

【本稿の参考資料】 

「那須塩原市の歴史」那須塩原市http://www.city.nasushiobara.lg.jp/188/190/000913.html 

「塩原の歴史」塩原郷土史研究会(加藤明徹 塩原甘露山妙雲寺住職) 

江戸時代を含め、それ以前の塩原の歴史について詳細な考察と記述がある。 ここで紹介したのは、以下のURLの「九、宇都宮城主塩原入湯長期滞在」の部分に拠る。

http://www.geocities.jp/momiji0286/edo19-1.html 

 


宇都宮城 塩原温泉まで60Km
                           塩原 甘露山妙雲寺