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関東通産局は、特定商取引法に違反する行為により、リゾートクラブを含む複合会員権を連鎖販売する㈱リゾネットに対し、15か月間、業務停止命令。会員を勧誘したら儲かるとか、会員はいつでも割引で泊まれるとかには要注意!
㈱リゾネットは当協会の「リゾネット」とは関係ない・・・e-Commerceを舞台にした新たな事案
 

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クラブライフの誘い④

 【奥州街道からのアクセス】

クルマでのアクセスはいまさら記すべきこともない。東京・日本橋から185キロ、東北自動車道を北上、西那須野塩原ICから400号線(塩原バレーライン線)を進む。しかし、運転して疲れたは意味がないという発想を優先させ、ここはクルマを運転しないルートをおさらいする。 

  那須の玄関はもともと「黒磯駅」だったはずだが、東北新幹線が開通(1982年)して、在来線の旧東那須野駅が「那須塩原駅」と改称されて以来面影が薄い。いまの那須塩原市ももとはといえばその黒磯市が母体である。1889年の町村制施行により黒磯村はじめ30近い村や他の開墾社のごとき構成単位が合併し那須郡東那須野村が成立する。そこから1912年にその一部が分立し黒磯町、それが1970年に黒磯市となる。海岸近くでもないのに「黒磯」と書するのは、「1185年黒館五郎、磯勝光らが黒磯を開いたと伝えられる」ゆえと聞く。御用邸やホテル・旅館宿泊施設、別荘などが集積するのは、黒磯でもおおむね湯本と称する地区である。 

新幹線開通の82年に塩原町が塩谷郡から那須郡へ編入される。塩原より広義な塩谷という地名もある。塩原町は2005年に西那須野町ともに黒磯市に合併され那須塩原市に包括される。このほかにもまだ自治体がある。新幹線の東側で乃木希典の旧別荘や乃木神社(旧社格は県社)がある那須町、さらに南に下って、那須烏山市(那須郡南那須町と同郡烏山町の合併)というのもある。はやいはなし、なぜ那須市と塩原市で発展してこなかったのか。ややっこしい地元事情があったのかもしれない。また、東北自動車道は下りで東京から西那須野塩原(1974年開設)→黒磯板室→那須→那須高原SA→白河と続く。 

「那須」は大もて。一方の塩原はなんとなく那須の一部、その影はやや薄い。塩原は新幹線駅からざっと25-28キロ、那須の一部といっても、路線バスで65分程度の乗車で、東京駅13:20発なら塩原温泉のバスセンターに1600頃に着く。 

 【会津西街道から塩原に 人のゆく裏に……】

  以上は、奥州街道(仙台松前道)側からアクセスする場合である。震災のあった福島でいうと中通りに続く。しかしながら塩原には会津西街道(いまの会津三方道路)側からのアクセスがある。東京下町というか浅草に帰属感・親近感がある場合は、塩原は日光や鬼怒川・川治の北にある温泉場と理解するであろう。日光と会津若松をつなぐ道で会津藩主が参勤交代で使ったルートであるが、国道112号線のほかに野岩鉄道が走る「野岩鉄道」の歴史は明治25(1892)に発布された鉄道敷設法に始まる」という説もある。 

    http://www3.yomogi.or.jp/skta1812/syoko/kyuukan5/u.html 

  会津鬼怒川線として実際に開業したのは1986年(昭和61年)109日で、東武鉄道鬼怒川線・日光線・伊勢崎線と直通運転を始めた。開通まで「苦節80年」、いまも営業するものの、気の毒なことにこの路線の収益(売上)は年々下降する。それでも、鬼怒川温泉駅経由で塩原にアクセスできる特急が、浅草から日に約12本、JR新宿からも特急3本がある。最寄駅は「南三依塩原」、路線バス10キロ、20分である。かりにJR新宿を13:05に乗ると路線バス使っても16:30頃、浅草なら12:00に出て1520頃に付近のバス停に着ける。ただし、これは接続がスムーズな例で、いつもこうなるわけではない。詳細は時刻表を参照していただきたい。  ⑤に続く。

冬季の露天風呂前景